どうも、コンカズ (@konkazuk) と申します。
今回紹介する本は、経済格差が広がるイギリスで精力的に活動を続けるマルクス経済学者であり、政治評論家、ジャーナリスト、作家でもあるグレース・ブレイクリーさんの著書『Vulture Capitalism』。

コロナウィルスのパンデミック以降、世界各地で経済格差がさらに拡大する中、アメリカの右派ポピュリズムをはじめ、イタリア、ハンガリー、アルゼンチン、イスラエルなどで極右の政党が勢力を伸ばしており、こうした動きの影響はイギリスでも強く感じられます。
そんな中、憶測による陰謀論や偽情報(ディスインフォメーション)が飛び交うSNSで手軽に情報を拾うのではなく、証拠や確かな裏付けに基づいたこのような本を読むことは、今の時代において非常に大切なことです。
将来への不安が広がる今の時代において、この本の最大の価値は、現在の危機そのものではなく、それを形づくってきた「知られざる背景」にスポットライトを当てている点にあります。
私たちが現在どのような位置に立っているのか、そして世界がどのような歴史的過程を経て現在に至ったのかを理解するための重要な手がかりを与えてくれる一冊です。
グレース・ブレイクリーさんってどんな人?

まずは著者の紹介。
まだ30代前半のグレイス・ブレイクリーさんは、民主社会主義者であり、自らを経済学者というよりもマルクス主義者だと表現しています。
彼女は政治週刊誌 New Statesman などでコラムニストとして活動した後、この3冊目の著書『Vulture Capitalism』によって大きな注目を集めるようになりました。
近年は、急速に拡大する経済格差の深刻さを訴え、その流れを食い止めるために行動を起こす必要があるとして、各地で一般市民に向けた発信を続けています。
下は、”POLITICS JOE” に出演した際の映像。
ブレイクリーさんはかつて、ジェレミー・コービン時代の労働党を支持していました。しかし、ガザ戦争をめぐるキア・スターマーの発言に反発し、2023年に労働党を離党したことを明らかにしています。そして現在は、ザック・ポランスキーが率いる Green Party を支持しています。
自由市場は本当に存在するのか?

まず「資本主義」という言葉を聞いて、多くの人が思い浮べるのが「自由市場」です。
そして、その考え方は、基本的に…
国家ができるだけ介入せず、個人事業主や家族経営などの商店、中小企業、大企業などの参加者が自由に競争できる市場
を指します。
この競争によって、より良い商品やサービス、技術革新 (イノベーション)が生まれ、消費者もより豊かで快適な暮らしを享受できるというのが、多くの人がイメージする資本主義ではないでしょうか?
つまり…
資本主義 ➡︎ 自由市場 ➡︎ 競争 ➡︎ 豊かさと自由
という形だったのですが…
資本主義の政策が、1980年以降にイギリスのマーガレット・サッチャー首相やアメリカのロナルド・レーガン大統領によって、新自由主義(ネオリベラリズム)に移行した結果、上のような構造が崩れてしまいました。
ちなみに、この新自由主義とは…
市場の自由競争を基本としつつ、そのために政府が積極的に規制緩和、事業の民営化、制度改革をおこなうべきだ
という現代的な政策思想です。
一見すると新自由主義は、「国家(政府)の介入を減らし、市場に任せる思想」のように見えます。
しかしブレイクリーさんによると、実際には国家の介入がなくなったわけではなく、むしろ、その介入は巨大企業や金融機関に有利な市場環境を作るために利用されるようになったのです。
これによって巨大企業は政府から補助金を受けたり、2008年の金融危機で見られたように、過度なリスクを取った金融機関や銀行が崩壊の危機に陥った際には、国民の税金によって救済されたりしてきました。
また、ロビー活動を通じて政治家や政策決定に影響を与え、自らに有利な制度や規制緩和を実現する力も持っています。
彼女が本の中で引用しているアメリカの経済学者ソースタイン・ヴェブレンの言葉を借りれば
The competitive process naturally creates incentives to try to change the rules to one’s own advantage.
「競争が続くと、人々は自分に有利になるようにルールそのものを変えようとするようになる。」
となります。
こうなってくると、現代の資本主義では、国家と巨大企業の権力によって運営されることとなり、約束された「自由な競争市場」は存在しないことになります。
つまり…
新自由主義 ➡︎ 規制緩和 ➡︎ 巨大企業の成長 ➡︎ 市場支配 ➡︎ 政治への影響力の拡大
という流れが生まれ、結果として経済格差が拡大するシステムになってしまった、とブレイクリーは指摘しています。
そして彼女は、「自由市場」という言葉そのものが、この現実を見えにくくしていると主張しているのです。
資本の力に適切な歯止めをかける

資本主義とは…
生産手段を所有する資本家と、その生産手段を持たず労働力を提供して生計を立てる労働者との階級的な分離によって成り立つ社会制度。
つまり、商品やサービスを生み出すために必要な資源や生産手段を所有する側と、それらを持たないために働くことで生活を支える側との関係が根本的な特徴となっているわけです。
しかし、1980年代に新自由主義的な政策が導入されて以来、企業利益や株主価値の最大化がこれまで以上に重視されるようになり、その結果、資本主義の仕組みそのものが社会全体にとって必ずしも望ましい結果を生み出さなくなったととブレイクリーさんは指摘しています。
その代表例として挙げられているのが、巨大企業による労働者の搾取や環境負荷の増大、そして市場の寡占化です。
🔹労働者への影響 ― Amazonの労働環境
例えば、世界最大級のプラットフォーム企業であるAmazon。
本書によれば、イギリスのAmazonの倉庫では、従業員たちは午前7時30分から午後6時まで働くなかで、平均して9秒ごとに1個の荷物を処理することが求められているといいます。
また、妊娠中に休暇を取得した女性従業員が不利益な扱いを受けたという事例や、労働者が団結して権利を主張しようとする動きを企業側が阻止しようとしていた事例も紹介されています。
こうした事例は、効率性や利益の追求が労働者の健康や権利よりも優先されてしまう危険性を示しています。
🔹環境への影響 ― 大量廃棄とCO₂排出
さらに僕が特に衝撃を受けたのが、Amazonによる大量廃棄の問題です。
本書によると、Amazonは売れ残ったテレビやスマートフォンなどの新品商品を毎年何百万点も廃棄しているとされています。

実際にスコットランドの倉庫では、内部資料から1週間で12万点以上の商品が廃棄対象となっていたことが報じられ、週によっては20万点近くに達したともいわれています。
当然ながら、こうした商品の製造から輸送、そして廃棄に至るまでの過程では大量のエネルギーが消費され、多くの温室効果ガスが排出されます。
Amazon自身の発表によると、2021年の温室効果ガス排出量は二酸化炭素換算で7,154万トンに達し、前の年の排出量から18%増加。
もしAmazonを一つの国家として考えるとすると、その排出量は人口約5,300万人のケニア一国に匹敵する規模となります。
🔹農業・食料システムの寡占化
ブレイクリーさんが問題視しているのは、個々の企業の行動だけではありません。
企業の買収や合併が繰り返された結果、農業や食料システムの重要な部分が少数の巨大企業によって支配されるようになっていることも指摘しています。
種子や農薬、肥料といった農業には欠かせない分野では、Bayer、Corteva、Syngenta、BASFといったごく少数の巨大企業に市場が独占されていて、その結果として競争が弱まり、食料供給の安定性や農家の選択肢が損なわれるリスクが高まっていると言われています。
本来、新自由主義は自由な競争によって効率性や豊かさを実現するとされてきました。しかし現実には、競争の結果として巨大企業がさらに巨大化し、市場そのものを支配するようになるという皮肉な状況が生まれているのです。
だからこそブレイクリー氏は、市場を完全に国家へ委ねるのでも、企業に好き勝手に任せるのでもなく、巨大化した資本の力に民主的な歯止めをかける仕組みが必要だと主張しているのです。
「株主価値の最大化」がすべてを変えた

ブレイクリーさんはまた、1980年代から新自由主義が浸透して以来、多くの企業が長期的な成長や働く人々の生活を支えることよりも、株主への利益還元を優先するようになったと言っています。
その象徴的な例として本の中で取り上げられているのが、アメリカの自動車メーカーである Ford Motor Company。
かつてFordは、多くの労働者を雇いながら車を生産するアメリカを代表する製造業でした。しかし近年では金融事業の比重が高まり、企業の目的も「良い車をつくること」より「株主へ利益を還元すること」に傾いていったと彼女は指摘しています。実際、2012年から2020年にかけては純利益の100%を株主へ還元していたといいます。
もちろん株主への利益の還元は、企業にとって重要な役割の一つです。しかし、それが最優先事項になると、設備への投資や研究開発、働く人たちへの投資に十分なお金が回らなくなる危険性があります。
さらに本の冒頭では、航空機メーカーのBoeingの事例も紹介されています。
利益や株価を優先するあまり、安全性への配慮が軽視され、その結果として重大な事故につながった例が書かれています。しかも事故の後も、責任を負うのは会社であって、意思決定をした経営陣個人が刑事責任を問われることはほとんどありません。
彼女は、こうした現実こそが新自由主義の本質を示していると考えています。国家の力が弱まったのではなく、その力が労働者ではなく資本家や経営者の利益を守る方向へと使われるようになったというのです。
誰が世界のお金を動かしているのか

自由市場では企業同士が競争している、と私たちは考えています。しかしブレイクリーさんは、その裏側ではごく少数の巨大資産運用会社が世界経済に大きな影響力を持つようになっていると指摘します。
その代表的な例として本の中で書かれているのが、世界最大級の資産運用会社であるBlackRock。
BlackRockはAmazonやFordのように商品やサービスを提供する企業ではなく、年金基金や投資家から集めたお金を、世界中の企業に投資することで利益を上げる会社です。
その結果、スーパーで売られている食品会社からIT企業、製薬会社まで、一見すると何のつながりもない企業の背後で、同じ資産運用会社が大株主になっていることも珍しくありません。
彼女は、このような状況に対して「自由市場なのに、なぜ同じ企業が世界中の企業を支配しているのか」と問いかけます。
さらに興味深いのは、こうした資産運用会社が扱う資金の多くが、実は私たちの年金に関わるお金だということです。
年金基金は将来の年金を支払うために資金を運用しており、その運用をBlackRockのような会社に任せています。
つまり、私たちの老後のお金もまた、世界中の企業への投資を通じて増やされているのです。
ということは、資産運用会社には常に高い利益が求められます。その結果、企業は労働コストの削減や株主への利益還元を優先しやすくなり、労働者や地域社会、環境への配慮が後回しになることもあると彼女は指摘しています。
こうして経済における権力が、少数の巨大金融機関へと集中していきます。そして、その影響は企業経営だけでなく、政治や社会全体にも及んでいるというわけなのです。
中央銀行と金融市場の力関係

私たち一般人は、国を動かしているのは政府だと考えています。しかし、現代では金融市場や巨大金融機関の力が非常に大きくなって、政府でさえその動きを無視して政策を進めることが難しくなっていると、ブレイクリーさんは指摘しています。
つまり、新自由主義の時代に国家の力が弱まったのではなく、むしろ世界のお金を動かす巨大な金融機関や投資家の力が、これまで以上に強くなったということになります。
その象徴の一つが「中央銀行の独立」です。
もともと政治家は、選挙前に景気を良くして有権者の支持を得たいと考えるため、中央銀行に「金利を下げてほしい」「お金をもっとプリントしてほしい」と圧力をかけることがありました。
そこで1980年代以降、「金融政策は政治家ではなく、専門家が担うべきだ」という考え方が広まり、多くの国で中央銀行の独立が進められました。
しかしブレイクリーさんは、この仕組みによって政治からは一定の距離を保つ一方で、金融市場や金融業界の考え方が政策に反映されやすくなったと指摘しています。
例えば、金融危機などが起きた場合などは、銀行を救わないと経済が崩壊してしまうため、中央銀行は銀行を最優先で救済するようになり、「銀行が特別扱いされる」カタチが生まれてしまいます。
結果として、「失敗しても最後は助けてもらえる」という安心感が金融機関に生まれ、リスクの高い行動をとりやすくなるわけです。
そうなってくると、政府は金融市場がどう反応するかを常に気にしながら政策を決めるようになり、その結果、利益は金融業界に集中し、損失やリスクを社会全体が負担することで、格差が拡大していきます。
民主的に選ばれた政府であっても、市場の反発を恐れ、自由に政策を実行しにくい社会ができてしまうということになります。
IMFと世界銀行は誰のために存在するのか?

さらにブレイクリーさんは、新自由主義の影響は発展途上国にも及んだと指摘しています。
その例として紹介されているのがアフリカのザンビア。
銅価格の暴落で、輸出収入が激減したところに、アメリカが大幅な利上げをしたため、ドル建ての債務を抱えていたザンビアに、利息払いの負担が急増します。
この債務危機をきっかけに、世界銀行やIMFが「お金は貸しますよ。ただし条件があります。」と詰め寄ってきたわけですが、これがSAPs (structural adjustment programs)と呼ばれるものでした。
SAPsの目的は、経済を効率化して財政赤字を減らし、海外からの投資を呼び込んで経済成長を促進することでしたが、その内容はというと…
■ 政府支出の削減(緊縮財政)
■ 国営企業の民営化
■ 規制緩和
■ 貿易の自由化
■ 補助金の削減
と、どこかで目にしたことがあるパターンです。
これによって、教育や医療への政府支出が削減され、一般市民の生活は悪化。失業や貧困が拡大するとともに、地元産業は海外企業との競争に耐えられなくなり、その結果、先進国や国際金融機関への依存が一層深まることになってしまいました。
このような経過を経て、海外の企業が発展途上国に進出し、低賃金かつ危険な肉体労働を伴う搾取的な雇用が増加して、そのような労働が先進国におけるサービス業の拡大を支えてきたという構図になっているのです。
ブレイクリーさんが提案する解決策

ブレイクリーさんは、問題は「市場」があることではなく、世界のお金を動かす巨大な金融機関や投資家が、大きな力を持ちすぎてしまったことだと考えています。そして大切なのは、このような仕組みに民主的なルールを取り戻すことだと主張しています。
この章で特に印象的だったのが “Lucas Plan” と呼ばれる取り組み。1970年代のイギリスで、軍事関連の企業の労働者たちが自ら武器の代わりに、風力発電や医療機器など、社会にとって役に立つ製品を生産する計画を提案した記録が紹介されています。
また彼女は、新しいテクノロジーの開発は巨大企業や一部の富を握るもの達によって支配されているため、そのテクノロジーも利益を生み出すことが優先されやすくなっていると指摘しています。そして、民主的な社会を実現するには、テクノロジーも一部の富裕層のためではなく、市民全体の利益のために活用されるべきだと主張しています。
そのためには、
私たち一人ひとりが、政治とは選挙だけではないと認識する事が大切です。同僚と団結して賃上げを要求すること、気候危機に抗議すること、さらには地域の図書館を守るために近隣の人々と力を合わせることも政治への参加なのだと理解する必要がある
と彼女は述べています。
そして、こうした運動を広げていくうえで最大の障害となっているのは、一部の富裕層からのの圧倒的な力ではなく、変化など不可能だという確信を、何百万人もの人々が抱いていることなのだと主張しています。
… というわけで以上となります。
この本の内容には、現代社会の危機を把握し、格差社会の拡大や気候変動を解決するために、まず理解しておかなければならない知識が詰まっています。
1ページ、1ページ、かなりヘヴィーですが、この本をたくさんの人が手に取って読んでくれたなら、人類が抱えている問題は解決に向かうだろうと心から思いました。
それではまた。
コンカズ
